スポンサーサイト
カテゴリ: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
編集 / --.--.-- / コメント: - / トラックバック: - / PageTop↑
広島訪問記2007初夏(1)自分を育てた街、戸坂。
カテゴリ: TransprtNetwork特集
もうあれから1週間経ったというのにですよ、まだあのときの事後報告が出来ていないのはですね、忙しいんですよね、時間が足りないのですよ、とにかく。なので、合間を見て書く事にしたのですが、とりあえず今回はその1回目。
6月8日夜に東京を出発し、夜行バスに揺られる事約12時間。目の前には広島駅があります。そうなんですね、広島の地を再訪問した訳です。

ということで、今回からはしばらくの間このシリーズを続けて行こうかな、と。まずは、その第1回。舞台は6月8日夜までさかのぼります。


東京駅八重洲南口。駅前には高速バスのターミナルがあります。普段の私は東京駅を経由する事なく通勤するのですが、今回は通勤の帰りでそのまま広島に向かおう、という事にしました。目の前には水戸行きの高速バスが居て、これに乗ると石岡にも行けるのですが、今回はこっちではございません(笑)。

広島ー東京間の夜行高速バス「ニューブリーズ」。東京発は20時と21時、広島発は19時と20時で、東京には翌朝7時、広島には翌朝8時に着きます。この違いは経由ルートによるもので、1時間遅く出発する便は山陽道を、早い便は中国道を経由して、三次駅などに立ち寄ります。
今回、東京発・広島発とも20時の便を確保する事に。東京発が20時になってしまったのは単純に席が取れなかったから。まあ、そんな訳で、20時発の便に問題なく乗車し(余談ですが、3月のときはやたらぎりぎりまで仕事が入っていた事が多かったですねえ)、旅路につきました。

今回の旅で持ち歩いたもの。デジカメはもちろんなのですが、音楽とラジオが聞けて録音も出来るICレコーダーを持って行ったのですね。これが大当たりでして。
まずは音楽を聴きながらバス車内へ。外の風景を眺めつつ飯塚雅弓さんの「Love Letter」なんか聞いてると気分は都落ちですよ(苦笑)。いや、凱旋帰国のはずなんだけどな。
そう思っているうちにいつしか眠り込んでおりまして、気づくと沼津付近を走行中。休憩地の富士川サービスエリアで小休止をした後は夢の中へと堕ちて行ったのでした。

翌日。目が覚めると一般道を走っております。どうやら三次駅を目指しているご様子。時刻はまだ朝の5時台。三次には6時少し前に到着。ここからもう一度高速道路に戻り、広島市内へと向かいます。
次に気づいたのは広島ジャンクション。山陽道と中国道を結ぶ広島道の交点でもあります。そして、目指す目的地広島は目前!
広島インターを降りると記憶が次々とよみがえってきます。あの本屋に自転車で行ったな、とか、あ、西原駅だ!とか、相変わらずダンロップは健在なのね、とか。走行しているうちに広島城が左手に見え、バスセンターが見えてきます。
広島バスセンターは中心地、紙屋町にあります。そして隣は広島市民球場。よく球場での観戦帰りにはここからバスに乗ったもんです。

7時半頃、広島駅新幹線口着。路面電車が往来する出口とは反対の場所。
ということで、まずは地下の連絡通路をとおって反対側へ。相変わらずの連絡通路でして、地上に上がって見える路面電車の停留所も変わらない。
今回はまず戸坂に向かうのですが、時間が予定より早かったので路面電車の撮影から開始。するとですねえ、連接車にラッピング広告が載ってるんですよ。
IMG_0949_resize1.jpg

市内線の3000形や3700形だけではなく、宮島線の3800形にも。
昔は連接車に前面広告が載った事はなかったので、新鮮なんですけれどね。

広島駅に戻って芸備線ホームへ。自動改札がついた事こそ事前情報で知っていますが、実際見るとねえ。結構使い方に苦労されている方も居るようでして(むしろ、東京に居ると有人改札の方が珍しい訳で)、時代は移り変わるもんなんんだなあ、と。

今回広島を訪問した大きな理由の一つ、それは急行「みよし」とキハ58系を撮ること。2年前の訪問のときは成果をあげられずじまいでしたからね。そして、向かうは8年前までは「地元」だった戸坂。

戸坂。芸備線で2駅目。単線の無人駅。
駅から広島方向へ線路伝いに歩く。一応、けもの道はあるのですが、こんなに近接していいの?というくらいに狭い。昔も今も変わっていないところ。変わったのは自分の視線、かも。
5分ほど歩いて撮影できそうなポイントへ。とりあえず撮影。今ひとつ(苦笑)。なのでさらに歩くと絶好のポイント見っけ!
ということで、撮影したのがこれ。
IMG_0971_resize1.jpg

IMG_0974_resize1.jpg

戸坂大上。「おおうえ」ではなく「おおあげ」と読みます。この辺りまで来ると小学校では「学区外」とされていて、決まり上としては「学区外に保護者なしで出歩いては行けない」事になっていた事もあって、あまり歩いた事のないエリアではあります。もっとも、その割にはひとりで呉とか行ってたけどね(苦笑)。

撮影を終えて戸坂エリアを歩く事に。
百田団地入り口付近は道路が少し広くなったかな?へさか町で折り返すバスがなくなった事もあって別の用地に転用された転車スペース。焼き鳥屋さんが密集していたはずのエリアも今は1軒だけ。スーパーだった場所はコンビニになり、2回も火事を起こしたお好み焼き屋さん&鉄板焼き屋さんはともかく、その周囲の喫茶店も姿がない。かと思えば、理容室とかの類は健在だし、小学校でお世話になった文具屋さんも健在。「戸坂プラザ」は引っ越してきた当時からずーっとある店か引っ越した後に入れ替わった店かのどっちかだし、そこから見る小学校は昔のまま。「ザ・ビッグ」は赤1色ではなくなるものの、「ユアーズ」は相変わらず。その間にあったはずの青果店はランジェリーショップですよ(苦笑)。そこからさらに歩くとずーっと変わらないトヨタのお店とバッティングセンター、そして戸坂外科。さらに歩くと昔よく遊んだ友人のお家。今も元気にしてるのかなあ?

あっという間に安芸大橋まで歩いて太田川に出ました。変わっているところ、変わってないところ様々ですが、8年間(実際には2年前にも訪問しているけれど)の月日というものは、さまざまなものを変えてしまうようです。変わらないのは、当時の想い出くらい、みたい。
太田川沿いに歩き、下千足バス停へ。ここからバスで不動院前に向かって、次の目的地を目指します。

実際に戸坂の「メインストリート」を歩いてみたのですが、人間の記憶って意外としっかりしているもんですね。仕事の事だとすっ飛ばしてしまう事が少なからずあるのですが(おいおい)、ここには何があった、これがあったと思い出せるんですよ。当時は移動手段のメインが自転車でしたし、ちょっと市内に出かけるときはバスか芸備線。でも、バスの本数をみて気づいたのが、昔と比べるとだいぶ減ったなあ、と言うこと。昔はもっとあったはずなんだけどなあ、って。おそらく芸備線の増発が大きいんでしょうね。まあ、一番びっくりしたのは広電バス5号線の戸坂発着便が健在だった事、でしょうか。私の住んでいた頃から既に減便が相次いでいて、末期には1日に数本だったはずなんですね。まあ、本数は平日のみ1本、と言う路線維持以外の理由が全くない運行形態になってしまっているのですが。
ちなみに、戸坂からアストラムラインで北を目指す場合の最寄り駅が「西原駅」。自転車で10分くらいの場所でした。もっとも、住んでいた当時は自転車で可部を目指したりとか、広島市内まで行ったりとか(帰りに中山峠を越えてくるのがポイント)、そんな事ばっかりやってましたね。でも、楽しかったんですよね。間違いなく。

次回の公開がいつになるか見通しがないのですが、この続きもお楽しみに。
スポンサーサイト
編集 / 2007.06.17 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
コメント
 
Title
 
 
 
 
 
 
Secret 


Pagetop↑
トラックバック
Pagetop↑
プロフィール

広報部長

  • Author:広報部長
  • 気づけば、鉄道むすめと出会って早4年ほどになりますが、まさかここまでどっぷり浸かることになるとは思ってませんでした。函館行っちゃったし。ってなわけで、鉄むすと声優さんと鉄道が趣味の管理人でございます。
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
サブカル
1017位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
鉄道
81位
アクセスランキングを見る>>
ブロとも申請フォーム
広報部長のつぶやき。
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。