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2005年春:7年ぶりの広島訪問記
カテゴリ: TNHアーカイブス
一応、このブログの前身のブログがありまして、そのブログは探せばまだでてきます。ただ、アカウント削除を食らうとシャレにならないので、ぼちぼち昔の記事をこっちのブログに移そうかなあ、と考えております。
その第一弾として選んだのが、2005年春の広島訪問記。このシーズンを最後に運行休止中のムーンライト山陽に乗った話とか、その当時思っていたこととか、済んでいた町の想い出などを綴ってあります。

昔の記憶を呼び起こしつつ、当時の記事を振り返ってみます。


あんびしゃすじゃぱん 広島3泊4日スペシャル編 [2005年03月29日(火)]

路面電車をどう考えるか。「邪魔者」なのか、「交通政策の重要な交通形態」なのか。
街によってその考え方は異なるだろうし、それをとやかく言うのはもしかすると間違っているのかもしれませんが、間違いなくいえること。
「路面電車のある街は、味がある」
ということ。ある意味、街の「アイデンティティー」をなすもののひとつのような気もします。

3/25~28にかけて、広島や近畿・中京圏を旅してきました。無論、最大の企画意図としては「広電」だったわけですが(笑)、その前後で立ち寄った街などもありましたので、今回はいつもと異なる形でお届けしたいと思います。

~~~
■ 2005.3.25~3.28 移動ルート表
○2005.3.25(金)
自宅(→立川→八王子→橋本)→茅ヶ崎→熱海→伊東→熱海(→静岡)→豊橋→岐阜(→大垣→米原)→京都→長岡京→新大阪→西中島南方→梅田/大阪→新大阪→大阪
○2005.3.26(土)
大阪→広島→戸坂→広島→新井口/商工センター入口→鈴峯女子大前→平良→広電阿品→広電宮島口→商工センター入口(徒歩)草津南→広電西広島(→土橋)→江波→八丁堀(→徒歩でホテル移動、チェックイン)→銀山町→広島駅前→銀山町(→ホテル、泊)
○2005.3.27(日)
(ホテル→)銀山町(→十日市町)→横川駅→(十日市町)→八丁堀→白島→八丁堀(→紙屋町東<徒歩>紙屋町西)→広電本社前(→紙屋町東)→商工センター入口→鈴峯女子大前→広電西広島(→土橋)→江波→横川駅(→広電本社前)→広島港→(比治山経由)広島駅→商工センター入口→広電宮島口→広島駅
○2005.3.28(月)
広島→新大阪→大阪→野田→大正→弁天町(→本町)→西中島南方→新大阪→彦根(→米原→大垣)→岐阜(→浜松)→静岡(→茅ヶ崎→橋本→八王子→拝島)→自宅

※ カッコ内は乗り換え目的で立ち寄った駅。
○第1幕 変わる街、変わらない街
広島へ訪れたのは、引っ越した1999.3.27以来、ほぼ丸6年ぶりでした。6年ぶりに降り立つ街。期待と不安が入り混じった訪問でした。
広島でムーンライト山陽から下車。ホームはエスカレーターやエレベーターが付いたものの、それ以外は特に変わらない「昔のまま」でした。しかし、駅ビルは大きく変わり(といっても、引っ越す直前まで改装工事をしていたのですが)、駅前を発着する路面電車が新しくなっていました。その一方で変わらないところもあったりして、「半分新しく、半分懐かしい街」という印象でした。
戸坂…広島から芸備線で2駅。昔住んでいた所です。ムーンライト山陽から乗り継いだ始発列車で行ってみることに。駅も街のほとんども変わらないんだけれど、回転寿司屋が廃業していたり、いくつかのお店が廃業していたりしていました。住んでいたらあまり気づかないんだろうけれど、住んでいないからこそ訪れたときの発見と軽いショックを受けるのかもしれません。

○第2幕 6年のブランク
広島駅前の「定番撮影ポイント」に立つ。3/26の朝のこと。
駅前の停留所も、その前の薬局も変わらないんですが、大きく変わったのが路面電車。40分ほど立っていたものの、通過した旧型車両は350形、750形、1900形、3000形だけ。後は700形以降の新型車両ばかり。しかも、1号線は連接車が大部分を占めていたりするわけです。
3/26、新井口で下車すると、5100形が車庫から出てきました。3/30運行開始のGreen Mover Maxです。試運転中ということで、宮島方面へ走って行きました。
…多分帰ってくるだろう、ということで鈴峯で待つことに。1時間くらい後に帰ってきたので、それを撮影。無事撮影することが出来たのでした。

それにしても、宮島線の列車の大部分が5000形となっており、他の列車も3800・3900形で運行されており、以前のころのようなバラエティーさは失われつつあります。しかし、5000形は乗降しやすさでは群を抜いています(無論、超低床車両でステップがないからなのですが)。宮島線の運行間隔はデータイムで7分30秒となっています。そのほかの系統も、若干運行間隔が変わっている気がします。

○第3幕 減り行く旧型電車
旧型車両。広電のいわば「名物」ですが、現在では脇役に回りつつあります。終日運行されているのは1900形、900形、3000形のみで、他に350・750形などが運行につく場合もあるようです。しかも、3000形が連接車であるため1号線でがんばっているのを除くと、運行頻度も大幅に減少している気がします。
今回の企画のポイントの一つが、「600形・3100形・3500形の撮影」というもの。当サイトの写真館を参照していただければ分かるかと思いますが、この形式の写真はほとんどまともなものがない。600形は8系統に使用されていたころによく乗車した割には撮影しておらず、他の車両も撮影機会には恵まれませんでしたからね。
ということで、結局は千田・江波・荒手の3車庫を巡って留置中の旧型車両を撮影させていただくことにしました。3車庫とも快く許可を出していただきました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

今回、走行風景を収められた旧型車両は350・550・750・900・1900・3000の各形式。残る570・600・650・2000・3100形は車庫内での留置車または駅留置中の車両の撮影となりました。それでも、物理上撮影できなかったのが1150形。留置線の奥にいた関係とレンズの関係から事実上撮影が不可能だった、というわけです。かろうじて撮影した絵がありますが、なんとなく使いづらいですね(苦笑)。

○第4幕 岐阜と広島の「差」
岐阜と広島。市内線と郊外線が結ばれており、そこを電車が直通するスタイルはどちらも同じ。違うのは人口と路面電車に対する考え方の違い、かも。
この広島行きの前後、大阪~東京間の移動の際に岐阜へ立ち寄りましたが、自動車の「洪水」の中をかろうじて走っている雰囲気は否めません。一方、広電は全区間で軌道敷内への自動車進入が禁止されたほか、右折時も軌道敷外で待機することになっており、右折支障が大幅に改善されています。
この考え方の違いは街路の幅やそのほかの項目以前に「路面電車に対する考え方」の大きな違いを反映しているような気もします。宇品線の皆実町六丁目~海岸通間の道路幅は岐阜市内線のアーケード街の道路幅よりも狭いわけですが、それでも「安全地帯+上屋の一部設置」がなされています。海岸通では道路移設の関係で停留所が新しくなりましたが、それでも高規格停留所といわれるタイプのものを採用しています。

結局の所、岐阜市も「交通手段としての路面電車は不用」と判断したわけです。バスでも代替できる、とね。現状の岐阜バスの運行形態を見ると、ある種「路面電車と競合関係になっている」事実は否定できませんからね(関行きのバスが路面電車とほぼ同じ時間に設定されていることも)。
岐阜市に求められるのは、「分かりやすいバス経路への再編・設定」と「定時性の確保」。特にバスにとって最大の不利要素が「定時性」ですからね。路面電車を廃止すると決めた以上は、バスに路面電車の代替を勤めさせ、「路面電車があったころのレベルよりも水準を落とさない」ことにこだわる必要があります。これからどうなるのか、不安といえば不安です。

○第5幕 「広島電鉄」が変わる。路面電車からLRTへ
現在、広電の電停には「5100形デビュー」のポスターが貼られています。そこにあるキャッチフレーズが「路面電車からLRTへ」というもの。
広電の「暗黒期」を支えたのが旧型車両であり、現在の広電へ発展させる基礎をなしたのがこれらの車両たちでした。これらの車両を有効活用することと、「利用しやすい広電」との両立を図ってほしいと思うのが個人的な考えですが、それは難しいことなのでしょうか…?
個人的には、通常の運行では出来るだけ快適性の高い車種を用いつつ、運用・系統を固定した上で「イベント車両的な保存」を図る形で旧型車両を運行するというもの。その運行日を固定・指定した上で一般に情報提供すれば、それはそれで有効な「経営資源になる」と思うのですけれどね。

○第6幕 感じた「広電ショック」
5000形を含め、多くの主力車両が新型車両となりました。その新型車両に乗車しながら、何か違和感を感じているんですね。上手く言葉で言い表せないんだけれども、「旧型車両」の姿をあまり見かけないこと、一昔前の1・3号線の主力が7・8号線で運行されていたり、3700形が1号線で使用されていたりすることからくるギャップが違和感の原因なのかもしれないな…と。
ただ、他の鉄道が何らかの「新陳代謝」が起きているわけだから、無論広電にもその「新陳代謝」が起きていないわけがないし、また「新陳代謝」がない街というのは活気が失われつつあるのかもしれない。そう思いながら、広島をあとにしたのでした。

~~~
ちなみに、今回の企画でひとまず区切りがついたような気がします。ようやく心の中にあった広電を見たい・乗りたいという思いが実現したわけですからね。ただ、その一方でJRやアストラムラインの撮影や、今回立ち寄れなかった場所もあります。そういう場所への再訪を考えながら、ムーンライト山陽に再び乗車、帰路に着いたわけでした。

今回の「撮影」で撮影できたもの。
・伊豆急200系(青)、2100系黒船電車、8000系
・名鉄590形旧塗色車の走行風景
・大阪エリアのJR(大阪環状線ほか)、地下鉄(中央線)
・広電現有全形式(1150形は再度撮影の必要あり?)
・JR西日本115系・103系広島オリジナルカラー(3000・3500番台含む)
・JR西日本105系
・JR西日本キハ40・47系(山陽線内ディーゼル列車)

今後の課題
・芸備線・可部線の撮影
・記録メディアの確保(今回、128MB+16MBの2枚のメディアを使用したのですが、1600×1200での撮影が終盤では不可能になってしまいました。メディアの確保をすることで、より多くの写真が撮影・提供できる気がします。現在のメディアの枚数では、2泊3日が限度でしょうね)

~~~
広島ほど住みやすい街はないかもしれない、そんな気がする今日この頃です。
中心部から電車やバス1本で自宅近くまで行くことが出来て、街にはスーパーマーケットや商店街がある。電車でちょっと買い物をするにも不便な点はないし、海水浴だって日本海(浜田)まで1時間半。ある意味では、街が「コンパクトにまとまっている」ことの象徴です。そして、その「小さいながらもまとまった街」だからこそ、住みやすい街なのかもしれません。

…やっぱり、住むなら広島、かもね(笑)。なお、今回の紀行の写真は順次掲載予定です。お楽しみに。それでは。

東京に来てもう8年目になろうとしているんですね。そりゃあいろいろ変わるよなあ、と最近思います。むしろ、変わらないでいることのほうがまれだったりします。
この訪問の後、撮影した570形のうちの1両と550形が廃車→解体の運命を辿り、650形は2両が運用離脱。今年に入ってからも5100形の増備が進み、さらに在来車両の廃車が進みそう。そうやって考えてみると、何か大事なものを失っているような気がしなくもないんだけれど、広電は広電で「ライトレールに」一歩でも近づこうとしているんだ、と思うと、先達がいなくなることに関して寂しさも覚えるけれど、それはそれで納得できるんじゃないかな、と。

個人的には再訪問を考えたいところですが、多分高速バスのお世話にならないと日程的にきつくなりそうな気がする今日この頃です。
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編集 / 2007.03.07 / コメント: 1 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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