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自動車と公共交通の問題。
カテゴリ: TransprtNetworkコラム
いつになったら生活リズムが正常に戻るんだか…。今週、朝7:35から放送されている「ウゴウゴルーガ」の再放送を見た日が1日もない、というくらい夜型になってしまっています…。今日こそは、今日こそは、と思いながらもそれができていないって困りますね。
まあ、そんな愚痴はさておき、自動車と公共交通の問題について、まとめてみます。


本題に入る前に、私自身が自動車を運転しようと思わない理由から。
まあ、あって困ることはないんですよ、おそらく(身分証明書代わりになりますしね)。ただ、以下のことを考えるとリスキーかな、と。
・運転時のミスがそのまま事故に影響し、状況によっては人命に危険をさらす恐れがある(まあ、それだけ小心者、ではありますが)。
・別段自動車がなくてもそんなに困らない。まあ、困るのは目上の方が運転されて私が運転免許がないことを理由に自動車の運転をしないとき、ちょっと気まずい気分になる、てのはあります。ただ、私個人の実生活上においては、おそらく自転車+徒歩+公共交通で、大部分の移動エリアをカバー出来る様な気がします。
・費用面。まあ、現在自宅に自動車すらないのですが、新たに自動車を購入するとした場合、何十万単位の費用(自動車購入費)とそれに加えて別途税金だの燃料代だのかかります。個人的には同じ費用を出すならば別のことに出すような気がします。
ここまでは個人的なお話ですが、この先はもう少し客観的にものを見て生きたいと思います。

「不要不急の交通」の意味。
当ブログの以前のコメントに不要不急の自動車交通を減らす…という主旨の話を書いた様な気がします。この話をより具体的に述べると、以下の通り。
・自家用車しか利用できない利用者と、そうではない利用者を分離し、必ずしも自家用車利用でなくとも移動できる手段があるならば、別の交通手段(公共交通)に転移して、その分道路の余裕を増やす。
という事。ちなみに、道路増設について言うと、道路交通量の余裕を増やすためには有効かもしれませんが、それに伴って自動車の転移が増えれば元も子もありませんし、「現状以上に交通量が増えない」保障はありません。

自動車の費用
今回是非お勧めしたい本が「自動車にいくらかかっているか」(上岡直見著、コモンズ発行)という本。これには自動車の社会的費用などについて紹介されています。
一応、社会的費用について説明しておくと、ユーザー自身が直接負担する費用(購入費、燃料費、自動車関連税、事故に対する損害賠償)に加えて、自動車が発生させる費用(表現が難しいところですが、要するに、自動車を利用することでどうしても発生してしまう費用…騒音対策・健康被害・事故に伴う損失・渋滞に伴う損失。実際に費用として計上できないものも、金額を算出できる方法を用いて算出しています)の総計を示しています。詳細は前掲の本に紹介されています。
一応、結論を紹介しておくと、社会的費用のうち、ユーザーが負担しているのは40%程度、ということになります。そのほかは地球環境への負担、健康への影響による負担(騒音・大気汚染が主なもの)、騒音による不動産価格の低下にそれぞれ起因します。

ちなみに、「社会的費用」という観点からではなく、「道路整備費用」から考えるとこういうことになります。
前掲の本の資料は2001年度のものですが、道路整備費用にかかるものの40%しか、自動車利用者は負担していないことになります。まあ、自動車を利用しない道路利用者+トラックによる恩恵分を加えても、自動車利用者の負担は低すぎる様な気がします。
実際、ニュース報道で「道路特定財源の一般化」の話をされておりますが、実際には道路整備費用(国費分+地方分+有料道路事業)の半分も負担できていないことになります。有料道路事業分がそっくりなくなると(整備費用の総計が)約60%弱になりますが、その近辺が税負担として適切な範囲かもしれません。

まあ、道路特定財源を「公共交通」まで用途を広げるべきかの問題は別途検討するとしても、少なくとも現状では一般の負担が高すぎる様な気がします。

自動車と鉄道のCO2排出量
乗用車が1km走ると、二酸化炭素が75発生します(単位はg・炭素/kmですが、わかりやすくするために単位をはずしておきます。鉄道の場合も同じ)。一方、旧型気動車が比較的残っており、かつローカル線が多いJR西日本では637、軽快気動車を用いている北海道ちほく鉄道では374発生します。鹿島鉄道の場合、軽快気動車と旧型気動車がほぼ半分ずつなので、約500前後と仮定します。
乗用車と気動車の比率を計算すると、1:6.67となり、気動車の乗客数が1台あたりの自家用車利用者数の7倍を超えればよいことになります。ちなみに、電車だとその数値は198(広島電鉄)~281(十和田湖観光鉄道)となるので、高めの数値を取って250としても、1:3.33となり、1台あたりの自家用車利用者数の3.5倍を超えれば、鉄道のほうが優位にたちます。
(1台あたりの自家用車利用者数と書きましたが、最大で5人、最小で1人です。多くの場合1~3人程度でしょうから、最大値を取って3人とすると、気動車で21名、電車で11人の利用があるとその分自動車排出よりも下がることになります。ちなみに、駅~自宅間を歩けくか自転車を用いればもう少し排出量は下がるのではないでしょうか?)
ちなみに、鉄道全体(列車動力分+駅管理分+軌道保守分)の電力消費量の総計が154億kw時となることが紹介されています。自動車製造に173億kw時、道路の照明に61億kw時となっていることから、「自動車がまったく走らないのに」234億kw時がすでに消費されています。
(ちなみに数値はすべて前掲の本より。発行は2002年ですので、鉄道に関してはもう少し減っている可能性はあります)

経済面の影響
自動車製造+道路整備という観点からは、雇用への影響はありそうです…が、実際そうではない、と前掲の本では書かれています。
実際、自動車産業よりもほかの「グリーン産業」(環境負荷が低く、かつ労働集約性が高い産業の総称)へ投資するほうがよい、という試算が出されています。少なくとも、「自動車産業」にこだわる必要はなさそうです。
ちなみに、自家用車を減らして公共交通へ乗り換えた場合(前提条件として、「生産額と投入する費用が比例する」という仮定)、10%乗り換えるとGNPが1兆400億円増加、雇用が16万5000人増加すると試算されています。ただ、前述の「仮定」どおりに進まない可能性(いわゆる「詰め込み乗車」の常態化や利用者に負担が増える可能性)があるのも事実です(数値、資料は前掲著書による)。

自動車に頼る生活を見直してみる
まあ、自家用車が100%必要…かというとそうではないケースもある様な気がします。別に自家用車の代替機関は公共交通でなくとも、自転車や徒歩、という手段があります。ただ、それらは近距離にとどまることから、距離が伸びる場合は別な移動手段との組み合わせ、となるでしょう。
自動車を用いているケースを一つ一つ検証したときに、「必ずしも自家用車でなくてもよい」ケースが見つかるかと思います。特に、中規模の都市であればある程度のケースがでてくる様な気がします。その場合に、「なぜ自動車を用いたのか?」をまとめておくと、(必要でないのに)自動車を用いてしまうケースが見つかるかと思います。

「カーシェアリング」の考え方をまとめておくと、「必要以上に自家用車を利用しない」ためのシステムであるといえます。まあ、自家用車に乗る一因は「あるから乗る」(移動手段のひとつとして選択でき、もっとも楽だから)こともあります。その「不必要な利用」を減少させ、「必要なときには利用できる」システムとして位置づけられます。
スイスの事例では、参加者の年間走行距離が9300kmから2600kmまで減少させることができたとの事。

最後に
このブログの別の記事での意見に、(当方が)一部感情的になりすぎている点があります。冷静な意見を述べられていないのが非常に悔やまれますが、今回の記事である程度整理できたと思っています。なお、感情的になりすぎている点については、お詫び申し上げます。
ちなみに、「道路は自動車会社が…」の行ですが、前の庶民氏のコメントを読んでいただくと分かりますが、「そこまで行政に頼って…」というコメントに対したものです。この意味を紹介しておきますと、
・自家用車は基本的に「私的交通機関」である。
・その「私的機関」に対して行政の費用をかけることこそ一番の間違いではないか?
という2点に集約されます。もっとも、道路はトラックなど公共性の高い自動車も走りますので、少なからず整備は必要ではありますが、自家用車をある程度減らすことで道路容量に余裕を持たせるほうが、結果的には負担する費用が減ることになります。
逆に、
・バス・鉄道などは誰でも制約なく(実際には移動の対価を払う必要があるが、自動車のように「免許」を必要としない)利用できる「公共交通機関」である事。
・公平なサービスを確保するならば、「制約のない交通機関」に費用をかけるべきではないか。
ということを考えています。

実際、自家用車中心とした場合に「自家用車を利用できない人々」はどうするのでしょうか?そのような人々の「移動手段」を確保できないまま、むやみに公共交通を廃止してしまえば、「どこへも移動できない人々」が発生します。そのような人を切り捨てることが、果たして「福祉サービスの向上」になるのか、ということにもつながってきます。
(このような「移動できない人々」に対して「行政に甘えるのか!」という意見をなされているわけで、「公平」という観点から考えると明らかに不公平であるのは言うまでもないことになります)

様々な点に問題が波及してしまいますが(それだけ様々な方面に影響がある)、それだけ自家用車優先の社会には限界があり、どこかで転換する必要がある、ということになります。その転換のタイミングを逸すると、おそらく取り返しがつかなくなるでしょう。だからこそ、様々な観点から検討する必要はあります。

間違いなく、自動車を0にすることは不可能ですし、自家用車を0にするのも難しいでしょう。ただ、現状よりも減らしていき、自家用車の走行距離を押さえることはできると思います。そのためには、交通量(交通需要)と交通モード(交通機関)が適切かどうかを考える必要があります(それは地域差もあり、一概に言えるものではない)。また、自家用車を利用する側も必要以上に自家用車を用いていないか、検討する必要があると思います。

自家用車…あると便利なのはよく分かるのですが、その便利さには「代償」が少なからずある、ということを忘れないでほしい様な気がします。

個人的には、できれば「自動車にいくらかかっているか」(上岡直見著、コモンズ発行)を読んでいただいて、その上で意見されると一番ありがたいかなあ、と思います。そのほうが、よりよい方向に向かえる様な気がします。
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編集 / 2005.10.28 / コメント: 17 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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